6月8日、ついにその運命の日がやって来た。私と仲間のサポーターは、日本代表の「ドイツ行き決定」の瞬間を長居スタジアムのバーチャルで見ようと集結した。会社を半休にし、夕方4時に長居スタジアムにたどり着いた。
地下鉄・御堂筋線の長居駅を降りると、すぐ階上に周辺の住民にとっては憩いの場である長居公園があり、そこを突き抜けると長居スタジアムだ。Jリーグ・セレッソ大阪のホームグラウンドである。公園の一角には、10人程度のサポーターが集まっており、歌っては試合開始前のムードを盛り上げていた。
「ジン・ジン・ジンギスカ〜ン、怖くはな〜んかな〜いさ〜、僕達が〜ついて〜いる、み〜んな〜で〜ドイツへ行こう〜」
非常にテンポのいい曲だ。この歌は最終予選で歌われるようになり、ノリが良く2月9日に埼玉スタジアムで行われた対北朝鮮戦でも「ウルトラス・ニッポン」が何度となく歌っていた曲だ。事前に開門が5時と発表になっていたが、私達が会場門まで行くとまだ4時過ぎというのに、ジャパンブルーのユニフォームに身を包んだ気の早い数百人のサポーターがきちんと整列して、今か今かと開門を待っていた。またカメラマンやテレビ局の報道スタッフも多数集まっていた。まるでこの長居スタジアムで試合が行われるのか!?と錯覚する程、そこには緊迫した雰囲気が漂っていた。
プレス発表によると開門の5時には、約千人のサポーターが会場前に並んだそうだ。
また、最終的に長居スタジアムでバーチャル観戦したサポーターは、何と約1万6百人を数えた。(東京の国立競技場では、約2万1千人がやはりバーチャルにて観戦したとの事。)長居スタジアムがバーチャル観戦を試みるのは、今回が初めてだそうだ。
何故、こんなにも多くのサポーターが集まったのか?日本代表をこよなく愛する私達サポーターの考えは同じであった。
丁度この日は週末の金曜日であり、少しでも代表選手に気持ちのこもった大きな声を届け、精一杯の応援をしたかったのである。今夜の試合開催地は、タイのバンコク。遥か遠くの地でドイツ行きを目指し頑張っている選手達を思えば当然の事であった。家で酒を飲みながらテレビ観戦し、一人寂しく応援するのもいいが、今夜だけは絶対にドイツ行きを決め、この長居スタジアムで仲の良いサポーターと一緒に喜びを爆発させたかった。
この日の5日前、6月3日にアウェーの対バーレーン戦で1−0と快勝した日本は、今日のこの試合に引き分けか勝てばワールドカップ・ドイツ大会の出場を3大会連続で決定することになる。しかも時差の関係で「ドイツに一番乗り!」と言うオマケ付だ。「世界でドイツに一番乗り」ともなれば、開催国のドイツを初め世界各国のメディアが「日本がワールドカップドイツ大会に出場決定!」と大きく取り扱う事が予想され誠に光栄な話である。
一方、北朝鮮は日本に負けた段階でW杯出場の夢が途絶える事になる。
アジア最終予選のB組には日本の他、西アジアの強豪イラン、バーレーン、北朝鮮の4カ国が所属している。
各チームがホーム&アウェー形式により6戦を行うが、ここまで各チームが4戦を消化し、勝ち点10のイランがトップで、次いで日本の9、バーレーンの4、北朝鮮の0と続く。今日の試合は本来、北朝鮮のピョンヤンで行われる予定であったが、3月末にやはりピョンヤンで行われた対イラン戦において、北朝鮮の観衆が審判の判定を不服とし、試合中や終了後にガラス瓶やペットボトル、観客席の椅子などをピッチ上に投げ込み、さらに競技場を後にするイランチームのバスを取り囲んだりした為、FIFAよりピョンヤンでの開催を取り消され、第三国のバンコクしかも無観客試合という厳しい裁定が下されたのである。
北朝鮮にとってはホームでの試合が没収となり、サポーターの大声援を受けられない為、実に大きな痛手である。
現在、日本と北朝鮮の間には国交は無く、しかも政治的な理由で日本人の北朝鮮への入国はかなり制限されており難しいようだ。そういう理由にもかかわらず、当初ピョンヤンで試合が開催されると決まった後、約2千人近くもの日本人サポーターがピョンヤンまで押し掛けると予想されていたが、北朝鮮側による受け入れ態勢は、準備万端に進められていてサポーターのホテルや飛行機の確保もほぼ保証されていたようだ。
ことサッカーにおいては両国間の政治と異なり、北朝鮮サッカー協会と日本サッカー協会は対戦が決まって以来、密に連絡を取り合って来ており、コミュニケーションも良好であったと聞いている。
事実2月9日、日本のホーム埼玉スタジアムで行われた最終予選の初戦では、日本サッカー協会が用意した6万席の内、約6千席を北朝鮮側に割り振りした模様だ。私もこの試合をスタジアムで観戦したが、在日の北朝鮮サポーターもかなり応援に来ていたが、実にマナー良く観戦していた。私は両国の国歌が演奏される時、お互いのサポーターから相手国に対してブーイングが起きるのではないか?と心配したものの、そのような光景は一切見られず正直「ほっと」胸を撫で下ろした。ぎくしゃくする両国の政治問題とは全く無縁であった。スタジアム内外での警備も通常よりかなり厳しかった為か、サポーター同士の衝突も全く見受けられなかった。
また日本政府のサッカーに対する姿勢も一昔前とは、かなり違ってきたように感じる。アウェー戦がピョンヤンで行われると決まった際、北朝鮮国内には日本の大使館や領事館が存在しない為、日本人サポーターの不測の事態に備え、臨時で日本政府による相談窓口の開設を予定していたようだ。このような機会でないとピョンヤンを訪問する事が難しい為、FIFAより試合の開催地がピョンヤンからバンコクに変更と発表になった際には、非常に残念がるサポーターも数多かったと聞く。
ここで日本代表にとっては、大きなハンデが襲いかかってきた。開催地がバンコクに変更になった事は良しとしても、無観客試合を経験したことが無いメンバーばかりである。日本代表が試合するスタジアムは、ホームであろうがアウェーであろうが大体常に満員の中でプレーするケースが多い。ホームで声援を受ければそれなりにハッスルするし、アウェーでブーイングの嵐を受けた場合でも逆に自分に対する声援と受け止めプレーすることができる。
しかし無観客試合の場合は、恐らくそのような切羽詰まった緊迫感も無いだろうし、90分の試合中いつまで集中力を切らさずプレーできるのか誰にもわからない。この事は監督のジーコにとっても、また審判団、カメラマン、それに何と言っても試合を中継するアナウンサーにとっても経験したことが無いだろうから、実に厄介な問題であった。
そうこうしてるうちに開門時間の5時となり、厳しい荷物のチェックもなく、すんなりとスタジアム内に入場できた。試合開始時刻は、日本時間の午後7時35分(現地時刻の午後5時35分)である。選手達が入場してくる訳でもなく、さて今から試合開始時間までの約2時間半、何をして過ごそうか?しかしそんな心配は全く必要無かった。
我々が応援するのに陣取った場所は、ホーム側のゴール裏、最前列である。長居スタジアムには、ホーム側とアウェー側のゴール裏、2階席上に大きな電光掲示板が設置されている。今夜のこの試合は、アウェー側に設置されている電光掲示板に試合のモニターが映し出される。
暫くすると2階席に陣取った熱狂的なサポーターのリーダーが、メガホンを口にあてながら大きな声で叫んだ。
「みんな、応援の準備はいいかな〜!?」「国立競技場は既に盛り上がってるので、負けずに応援してくれ〜!」
「イェ〜イ!!!」するとすぐ太鼓で音頭を取りながら、「オーレー、ニッポン、ニッポン、」の大合唱が始まった。
続いてサポーターが、代表選手達の名前を呼応し始めた。「ヨシカツ、ヨシカツ」「ヤナ〜ギサァワ〜」
「オオグロ、オッレェ〜」 と順番に選手の名前を叫んでいる。次第にスタジアムの雰囲気は盛り上がってきた。
7時を回り、スタジアムのホーム側には続々とサポーターが詰め掛けてきた。ホームゴール裏側は超満員となり入りきれないサポーターが、メインスタンド辺りまで流れ出した。バーチャル観戦と言うのに大盛況だ。
恐らく家でテレビ観戦する人も多いはずだし、金曜日のゴールデンタイムの放送だからこの試合の視聴率は、かなり高いものになるであろうと予想した。
実は私のサポーター仲間は、今夜の試合でドイツ行きを決めてくれると信じており、幾つかの派手なポップをこの長居まで持参した。「頑張れ、ニッポン!」「ドイツに一番乗り」「ドイツでも頑張れ〜」「神様ジーコありがとう」
「勝ちたいんやぁ〜」「愛・ラブ・JAPAN」などなど。(翌日の一般紙やスポーツ新聞各紙に掲載され驚き・・・。)
試合開始直前には気の知れたサポーターが全員集合したところで、バーチャル画面に日本代表選手の映像が遥かバンコクより届けられ、今夜一番の興奮が長居スタジアムを包み込み、大歓声がこだました。
いよいよ大会のファンファーレに導かれ、両国選手の入場が始まった。普段の試合であると選手達の緊張した顔の表情が伝わってくるのだが、何せこの試合は無観客試合とあってか、選手にそのような面持ちは無かった。
日本代表はDFのキャプテン宮本を先頭に入場してきた。守護神川口、DF陣は中澤、田中、MFの福西、稲本、加地、中田浩二、小笠原、そして2トップの柳沢、鈴木。残念ながら5日前のアウェー・バーレーン戦で累積警告をもらった中田ヒデ、中村、サントスは出場できなく、スタンドからの応援だ。
両国国歌の演奏が終了し、お互いの選手達が試合前に握手をし健闘を誓い合った後、ピッチへと散らばって行く。
現地からの映像は静寂しきっており、テレビアナウンサーの声だけが気勢を発した。
しかし、長居スタジアムは騒々しかった。「頼むぞ、とにかく勝ってくれ〜」「ドイツに連れて行ってくれ〜」「頑張れ〜、ニッポン!」
監督ジーコの顔がアップで映し出されると、「ジーコ、ジーコ、ジーコ」と歓声が上がった。
次の瞬間、主審のホイッスルで45分にわたる前半が日本ボールでキックオフとなったが、一瞬「ニッポン!ニッポン!」という大きな歓声が湧き上がった。
日本はボールをキープすると、北朝鮮の出方を様子見しつつ実にゆっくりとボールを回し始めた。
日本の場合、この試合に限って言えば前半からあまり無理をする必要性も無かった。
と言うのも、この試合に引き分け以上であれば出場が決定するし、仮にこの試合で負けたとしても
このあとに行われるバーレーン対イラン戦で、バーレーンが引き分けか負ければ出場が決定するからである。
一方の北朝鮮は、この試合で日本に負ければプレーオフ出場の権利も無くなり、W杯出場への夢が完全に途絶える事になる。そういう事もあってか、まだ試合開始して間もないが、中盤ではかなりのプレッシングを掛けてきている。ここ数日、夕方になると南国独特のスコールが降り、その影響からかグランドコンディションも万全ではなさそうだ。ところどころでボールがバウンドし、トラップもままならない。
日本にとっては縦のラインや横のラインを使って、細かいパスを繋いで前線に上がりたいところだが、なかなか上手くボールが繋がらない。そして両チームの選手は暑さの為か汗でびっしょりとなっており、普段の動きよりも鈍いようだ。またゲームが止まると盛んに水分補給をしている。
前半も終盤を向かえるが、どちらもこれといって決定的な得点シーンを演出することができない。
日本もDFからロングボールを前線に入れたりしてリズムを変えようとするのだが、ルーズボールが奪えず、次へのチャンスに繋がらない。
前半の残されたロスタイム表示は1分。そして主審のホイッスルで前半はスコアレスドローで終わった。
無観客試合の為、選手やコーチ陣の掛け声がマイクを通じて聞き取ることが出来た。
またスタジアムに入場できないとわかっているのに、わざわざ日本からやって来たサポーターが外でラッパや太鼓の音を鳴らしながら、応援している様子も伝わってきた。彼らの情熱には本当にいつも感心させられる。
ハーフタイムの15分間にジーコは、どのようなアドバイスを選手に指示したのだろうか?
前半はやや日本がゲームを支配していたものの結局、ゴールを割ることはできずじまいだった。
引き分けでもドイツ大会出場が決定するものの、ここは是非とも勝って錦を飾りたいところだ。
北朝鮮の実力は確かに未知数だ。
前回2月に日本のホーム、埼玉スタジアムで行われた試合でも、開始早々に日本が小笠原のフリーキックで先制し、好調なスタートを切ったが、後半同点に追いつかれ、ロスタイム終了間際に大黒の劇的な決勝ゴールで日本は何とか貴重な勝ち点3を挙げたのだった。この時もスタジアムにいた私は、北朝鮮のチームはなかなかしたたかなチームだという印象を受けた。
後半は北朝鮮のキックオフで試合が始まった。あとに残された時間は後半の45分だけだ。
「今夜勝って、来年ドイツに連れて行ってくれ!」目を瞑っては何度となく、心の中で祈り続けた。
後半は開始と同時に珍しくジーコが動いてきた。前線で孤立気味だった鈴木に代えていきなり大黒を投入してきた。2月の北朝鮮戦で一躍ヒーローになったその大黒を起用してきたのだ。
ここで一気に勝負に来たのだった。その大黒は積極的に空いたスペースに飛び込んで行く。
北朝鮮も前回、最後の最後に大黒にしてやられた。その記憶はまだ強烈に残っていたはずだ。
柳沢に張り付いていたDF陣も次第に大黒に引き寄せられ、いつの間にか防御が甘くなっていた。
その大黒と言えば、Jリーグのガンバ大阪に所属する。それだけに後半の開始前、長居スタジアムのバーチャルに大黒が現れ、アップで映し出されるとスタジアムは大黒コールで一際騒々しい応援に代わった。2年前までは殆ど全国的に無名の選手だった。
殆どの選手は日本代表に選出されるまでに、世代別の代表を経て格上げされてくるものだが、大黒はここまでユース、五輪などの代表経験は全く無かった。
今年の1月ワールドカップ最終予選が始まる前、故障した久保に代わって急遽、日本代表に初召集された急成長株だ。
そして後半も時間だけが静かに流れて行った。そうした中での後半28分、又してもジーコの采配が今夜も見事に的中し、ついに日本に先制点が生まれた。累積警告で出場のできない中田ヒデに代わって、この日ボランチに先発起用されていた稲本がゴール前に上げたボールを途中出場の大黒が相手DF二人と競り合い、ボールはDFに当たってこぼれたボールにすかさず反応した柳沢が右足でスライディングシュート。
ボールはそのままゴール左隅のネットを揺らした。無観客試合の為、バンコクのスタジアムは静まり返っていたが、ベンチ前ではジーコが両手を突き上げてガッツポーズ。
柳沢にはすぐそばにいた大黒が最初に近ずき、抱き合って喜んだ。稲本、中沢も続いた。前線に積極的に居座って相手DFを翻弄させた大黒に対して、スペースが生まれたところにフリーとなっていた柳沢が飛び込んでのシュート。
長居スタジアムでは、1万人余りのサポーターが「ゴォ〜ル!」の瞬間、飛び上がったり抱き合ったりして喜びを爆発させた。
「ヤナギサ〜ワ、ヤナギサ〜ワ」の連呼が止まなかった。北朝鮮も反撃に出るもののボールが上手く繋がらない。37度という灼熱地獄の中、次第に足が痙攣しスピードも消されて行く。
しかし油断は禁物だ。北朝鮮には、引き気味のDFからカウンターで攻撃してくる戦術があるので要注意だ。だがその後も日本が完全に試合をコントロールし、守備陣が北朝鮮の攻撃をシャットアウト。
今日の日本には、1点あれば十分過ぎる試合内容であった。
しかし残り時間が1分となった
後半の44分、田中のスルーパスに素早く反応して前線に駆け出した大黒が、オフサイドラインを上手くかいくぐってGKと1対1となり、右足でフェイントをかけて振り切ると、冷静に無人のゴールに決めた。「ゴォ〜ル!ゴォ〜ル!」
待望の追加点もあり、サポーターの誰もがこの瞬間にドイツ行きを確信した。
そして間もなく、主審のホイッスルで試合終了。すぐさまスタンドで観戦していた中村、サントスがピッチサイドに降りてきて、次々にジーコや選手達と抱き合った。
我々サポーターは誰もが、この待ちに待った瞬間を望んでいた。
今夜はそれだけではないだろう。日本国民の殆どがテレビの前やスタジアム、スポーツバー、カフェバーなど至る所で喜んでいるに違いない。街では号外も配られた。
長居スタジアムも今夜一番の歓声で沸き返った。我々もこの瞬間に掲げるポップを全員で大空に突き上げた。するとカメラマンのフラッシュが我々にも向けられ、やけに眩しかった。
「これでドイツに行けるぞ!」周囲を見渡すと殆どが喜びの余り抱き合っていた。
中には感激の余り、泣き出しているサポーターも多数いた。
4年に一度しか開催されないサッカー・夢の祭典「ワールドカップ」。
今では小さい頃サッカーを経験した誰もが、一度はこの大会に出場したいと夢見る祭典。
前回2002年の日韓共催ワールドカップが終わって早、丸3年が経過。
しかし翌年の2003年には、また各地区のどこかで本大会出場への予選が始まっている。
本大会に出場するまでには、長い年月を掛けかなり険しい道程が待っている。
王者ブラジルと言えども、強豪国フランス、オランダ、そしてアジア王者の日本までもが出場を勝ち取るまでに苦戦を強いられる。
今回、日本が1次予選で戦った、オマーン、シンガポール、インド。
戦前には比較的組み合わせに恵まれたと報道された。
しかしいざ始まってみると大苦戦。楽な試合などどこにも無かった。
オマーン、シンガポールと2戦続いて苦戦した時は、ジーコの解任の噂も出始めていた。
最大のピンチは最終予選の2戦目、アウェーのイランに敗戦した時と5月後半、キリンカップでペルーとUAE戦に共に0−1とホームで連敗した時か!?
それでも常に冷静なジーコは自分のやり方を信じ、何より自分が選出した選手達を信じた。
ここにジーコマジックが根付いているのだと感じた。
事実ジーコの采配はずばり的中することが多かった。
これには常に感心させられる。しかもこれと言って、何の戦術すら無いのに・・・。
高原の故障で急遽、イタリアから柳沢を呼び寄せたり、レギュラーFW陣の動きが鈍いと代表初経験の大黒を大抜擢したり、本来ボランチの小野が故障するとその位置に中田ヒデを抜擢したり・・・。かなり思い切った離れ業をやってのけたもんだ。
世界一番乗りでドイツ行きを決定したジーコ・ジャパン。しかしながら最終目標は決してここではない。これに満足していては、ドイツで結果は残せないと思う。
本大会ではヨーロッパ、南米、アフリカなどの強豪国と必ず同グループに入ると予想される。
それがドイツなのか?スペイン、イタリア、イングランド、或いはアルゼンチンなのか?
どこの強豪国と対戦しても、決して負けないチーム作りをしてほしいと思う。
またどの選手を起用しても必ず期待に応えてくれるだけの精神力と技術力を蓄えてほしいと思う。
ドイツ本大会まで残された時間は1年を切った。
このチームにはまだまだ秘められた力が、十二分にあると感じている。
世界トップ5との実力差はまだあるものの、今後の鍛錬次第ではかなり上位に近づけると思う。
その2006ワールドカップ・ドイツ大会の組み合わせ抽選会は今年の12月9日、ドイツのライプチヒで行われるが、日本代表がどこと対戦するのか今から非常に楽しみだ。
そして来年6月9日にはミュンヘンで開幕戦、7月9日にはベルリンで決勝戦が行われる。
そしていつかは日本も・・・。
「優勝を目指して、夢叶うまで挑戦!頑張れ〜、ニッポン!」
(終わり)