伊勢本街道

伊勢本街道

ウォーキング / 街道歩き

旅行の原点がここにある

戦国時代が終わり、生活が安定したことや、各地の街道が整備されたことなどから、庶民にも旅への機運が高まります。
ただ、全国各地に関所が設けられ移動には制限がありました。
伊勢参りを名目にして通行手形を発行してもらい、一生に一度の旅に出かけたのです。
現代にもつながる旅行の原点といえます。

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CHECK POINT

伊勢本街道ツアーの見どころ

大和国と伊勢神宮を結ぶ伊勢本街道は、別名・参宮本街道、伊勢中街道とも呼ばれていました。
大坂からは東進して奈良へ。南下して初瀬(長谷寺)から、いくつもの峠を越えます。
伊勢参宮者の増大にともない多くの人々がこの街道を利用したと言われています。

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伊勢講

誰でも伊勢参りの旅に行くことは可能となったとはいえ、当時の庶民にとっては伊勢までの旅費は相当な負担でした。そこで生み出されたのが「お伊勢講」という仕組み。「講」の所属者は定期的に集まってお金を出し合い、それらを合計して代表者の旅費としました。

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御師(おんし)

多いときには年間400万人以上(当時の人口の約6分の1)が参拝しました。参詣者の参拝や宿泊を世話する役割を担う「御師」という人々の存在がありました。様々な地域をまわり、伊勢信仰の広布や参宮勧誘をしたと言われています。
現代の旅行会社のルーツといえそうです。

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一生に一度

「せめて一生に一度はお伊勢参りを!」と言うのが、昔からの庶民の願望でした。参拝を終えたあとは「精進落とし」。当時の川柳では「伊勢参り大神宮へもちょっと寄り」と謳われたように、伊勢に近い古市では、妓楼や浄瑠璃小屋、芝居小屋、旅館が立ち並び、たいへんな賑わいがありました。

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おかげ参り

約60年に1度、爆発的な規模の民衆がお伊勢参りに向かう社会現象が発生しました。十分な旅行費用がなくとも、道筋の人たちが食べ物や宿泊場所を与えてくれたそう。これを神のおかげとし、「おかげ参り」と呼ばれるようになったと言われています。

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