シンハラ王朝2番目の都・古代都市ポロンナルワ
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極彩色鮮やかな天井画・ダンブッラの黄金寺院
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カンダラマ・ホテル
[ハバラナ/ハバラナ・ビレッジ泊]
6:00起床。外は日が昇り始める頃で薄暗い。シャワーを浴びる。6:30で頼んでいたモーニングコールは、6:23にかかってきた。朝食前にホテルの周囲の写真撮影に出かける。
ビーチの写真をとっていると、紙袋を持ったオジサンが近づいてきた。朝早いのに、みやげもの売りである。ヤシの実を彫った細工を出して英語で話し掛けてくるが無視する。7:00から朝食。
ブッフェスタイルでカレーの他にソーセージやサラダ、ヨーグルト等種類は多い。卵料理をやってくれるカウンターもあったので、オムレツ を頼む。スリランカの食事は3食カレーというイメージが強く心配していたが、この後の食事も、ホテルでは基本的にブッフェ
スタイルで洋食のメニューがどこも充実しているので安心した。
チェックアウトし、昨晩のミニバーの清算をする。スリランカビール1本で121ルピー。
8:00ホテルを出発して、アヌラーダプラに向かう。アヌラーダプラまでは200kmあるという。道のことを心配していたが、さほどデコボコでもない。きれいに舗装されているわけではないが、苦 にならない程度の道路。基本的に内陸と結ぶ道路は細い車2台にちょっと余裕がある程度の道路が多い。
道を走っていると、犬や牛が多い。犬の場合はクラクションで逃げていくが、牛は動じないので、停まって通りすぎるのを待つ。
長時間のドライブになるが苦にならない。走っている間はずっと緑の中を走っているからである。コロンボや西海岸はごちゃごちゃした街であるが、それ以外はほとんどが林道である。高度の低いところではヤシの木、ちょっと高いところではゴムの木、それ以上高いところは様々な種類の木の森が広がる。9:40クルネーガラという町を通過。突如現れた町では商店が並び、人々がごった返している。ガススタンドで給油。ガソリンの値段をパーリタさんに尋ねると、1リッターあたり60ルピーだそうだ。またすぐに林道に入る。10:50ダンブッラ。道路沿いでよく見かけるジューススタンドで休憩し、ヤシの実をわってもらってストローで果汁を飲む。
12:00アヌラーダプラの町に入り、ミリディヤ・ホテルというホテルで昼食。平屋で中央にプールのある高級ホテル。雰囲気がよい。宿泊客はヨーロッパ系がやはり多い。
ブッフェのランチで味もよい。洋食もあるがあえてカレーがうまそうだったので、カレーを数種類盛る。現地人は右手で直接カレーを混ぜながら口に入れるのだが、外国人は当然スプーンやフォークで食べる。ビールはハイネケンの瓶で195ルピー。
13:00 昼食を終えて出発。いよいよ1つ目の世界遺産「聖地アヌラーダプラ」観光である。アヌラーダプラは紀元前500年頃の最古の首都である。町は緑の中に広がる遺跡地区と市街がマルワツ川でわけられている。まずはアヌラーダプラのシンボルであるルワンウェリ・サーヤ・ダーガバを観る。「ダーガバ」とは、スリランカの寺院によく見られる白い半円のドームの上に塔のようなものが乗っかっている大塔である。
スリランカの寺院はどこでも入る際に、靴と帽子を脱がなければいけない。靴下は履いていてもよい。日に照り付けられ地面が熱くなっているので、靴下は履いていた方がよい。
また、このような遺跡を周遊する場合は、脱いだり履いたりなので、サンダルが便利である。ルワンウェリ・サーヤ・ダーガバの中に入る。想像以上に巨大である。象のレリーフに囲まれた中央の大塔は、エジプトの2つのピラミッドの次に高い古代の建造物であるという説明をパーリタさんから聞く。それから、ひとつスリランカのマナーとして、仏教関連の建造物を背にしての写真撮影はタブーである。右の写真のように、ちょっ と斜めを向いて手を合わせている場合はOKだそうだ。
見学後、緑地歩く。緑地にはサルが多い。
スリランカでは、町中にいても様々な動物が現れる。
サル、牛、鶏、犬、象。
スリランカでは人間は自然を支配しようとせず、同じレベルの 存在として共存している。
5分ほど歩いたところが、スリランカで2番目の宝物といわれるスリー・マハー菩提樹。1番の宝はキャンディの仏歯寺に納められている仏陀の歯である。スリー・ マハー菩提樹は、紀元前3世紀にインドのアショーカ王の王女サンガミッタが、インド・ブッダガヤの菩提樹の分け木をここに運び、当時のデーワアーナンピヤ・ティ ッサ王が植樹したものといわれている。木の枝は樹齢2000年とは思えないほど細く、鉄パイプで支えられている。
続いて車に乗り、10分ほどでスリランカで最も古い寺院・イスルムニヤ精舎。岩肌を彫るようにして造った御堂が特徴的。岩の隙間は無数のコウモリの巣になっており、驚く。本堂内の仏陀像は鮮やかな色で塗られているが、これは東京の浅草寺の援助で色を塗り替えたものである。岩の上に上るとッダーガバがあり、遠くに仏教伝来の地・ミヒンタレーのダーガバを眺めることができる。ここでスリランカに来てから初めて日本人と遭遇する。バックパッカーの若い男性が一人で来ていた。
他にもアヌラーダプラには見所があるのだが、後々のスケジュールが詰まっているので、この辺でアヌラーダプラを後にする。
車で10分くらいで先ほど眺めたミヒンタレーの入り口。ミヒンタレーは紀元前247年6月にインドの仏教王アショーカの息子マヒンダが狩に来ていたデーワーナンピャ・テッサ王に仏教を伝えた場所とされる聖地。山上に遺跡が点在する。仏教伝来の日である毎年6~7月のポヤ・デー(満月の日)にはポソンという祭りが行われ、何千人という信者が国中から集まるそうである。入り口から頂上を見上げ、ゆっくり滞在している時間もないのですぐに車に乗る。
14:55ミヒンタレーを出発。古代都市シギリヤに向かう。途中バリケードで塞がれ、ライフルを持った兵士がたくさんいるところを通る。ジャフナで続く道だという。ジャフナはスリランカの最北の半島で、シンハラ人と タミル人の民族紛争が現在も続いている場所である。
16:10 シギリヤ着。ここも世界遺産。個人的には最も訪れたかった場所である。ジャングルの平原の中に現れた赤褐色の岩山。400年代後半アヌラーダプラを統治していたダートゥセーナ王の長男カーシャパは父である王を監禁し、「隠してある財産を全て出せ」と要求した。父は何もこたえず、自分が建設したカラーウェワ(貯水池)を指差し、「これが私の財産の全てだ」と言った。怒りに震えたカーシャパは父に恨みを持つ家臣に指示し、父親を殺害してしまう。貯水池は乾燥したこの地に農業を発展させた正に財産であったのだが。王になったカーシャパは弟モッガラーナの復讐を恐れて、この岩山の上に要塞を築いた。後にインドからの援軍を引き連れた弟に追い詰められ自ら短刀で喉をかき切り命を絶つ。
要塞の敷地は、日本の城と同じような堀に囲まれている。ここにはワニが住んでいて落ちた人は2度と戻ってこなかったそうだ。正面の門をくぐると、岩山への長い道が続き、両脇は緑地である。山へ行く途中には、高所から引いてきた水の水力を利用した噴水が今もちょろちょろと水を出している。
山を登り始める。全て階段であるが、頂上までは1200段、途中急で足元が危ない個所もある。山の中腹の黒いシールドで囲われた個所がシギリヤロックを有名にしたフレスコ画シギリヤ・レディである。黒い急ならせん階 段で登る。かつて500人が描かれていたというが、現在残るものは18人。カーシャパ王が殺害してしまった父の霊を鎮めるために美女達の壁画を描かせたといわれている。
階段を登り、シールドの中に入ると、修復作業をしている係員がこっちがアラブ人だとか案内してくれる。ひととおり観て、降りようとすると、「金はいらないからボールペンをくれ」と言ってくるが無視をする。
さらに登り続ける。このあたりまで登ると、かなり見晴らしがよい。3/4くらいのところに広場があり、ライオンの門。パーリタさんはここでへばり、「私はここで待 ってます」という。ここからが頂上までの階段がとくに急になり、足の下を見るのが怖いくらいになる。途中から変なオジサンが片言の日本語で案内してくれる。
頂上に到着。汗びっしょりである。1200段の階段はハードであったが、それだけの価値がある。頂上には、360度見渡す限りの熱帯雨林の素晴らしい光景が眼下に広 がっていた。
北海道でも見たことない、自然のダイナミックな景色。感動にひたっていると、さっきのオジサンが「こっちに来い」と呼ぶ。宮殿があった頂上の台地には、プール、ダンスホール、王が座っていた石の椅子等がある。王はこの椅子に座って一面の熱帯雨林を眺めながら何を考えていたのか。
いい加減して階段を降りようとすると、オジサンがチップを請求してくる。身分証明書らしきカードを出し、「自分はここのガイドであなたを案内したから 200ルピー渡しなさい」と言ってくるが、「I did not order you to come with me」と言って払わずに降りる。山を登って降りてくるのに自分の足で1時間半。
これまで自分が見てきた世界遺産の中でも、極めてインパクトの強いものであった。
日が暮れてくるが、付近のホテルを視察しい行く。車で15分ほどで、シギリヤ・ビレッジ。全室コテージタイプのリゾートで、プールからシギリヤ・ロックを真正面に望む写真を出発前 に日本で見て興味を持った。
かなり広い敷地にコテージが点在するが、自然の木を切り崩さず建設したということで、森の中に滞在する感覚である。コテージの室内は、白で落ち着いた雰囲気、高級感はないが、清潔である。広い敷地を乗りまわすサイクルのレンタル、テニスコート等もある。
車に乗ると、パーリタさんが「びっくりするようなホテルがあるよ」と言う。そこに連れて行ってくれというと、20分くらい走る。スリランカの内陸の高級ホテルはパターンが決まっている。入り口から建物までが遠い。 入り口の看板のところから車でしばらく行くと守衛が厳重に警備しているゲートがある。そこから10分くらいスピードの出せない細い道を走ってやっと建物にたどり着くというのがだいたいのホテルのパターンである。
連れてこられたのはエレファント・コリドールというリゾート。芝生の広場を囲うようにして、プライベートコテージが数件点在しているが、質素な雰囲気であ る。1ヶ月前にオープンしたばかりで、ここに来た日本人は自分が初めてだということ。
オープンしたてで、まだ認知されていないため、宿泊客が少ない。
直前の門のところで客は車から象に乗り換え、建物まで案内される。中央にレセプションとレストランのある建物がある。レストランでは、多国籍の料理が楽しめ、ワインも充実している。コテージのいくつかの室内を見せてもらう。部屋への入り口は象も通れるかと思うほど高い扉。全てのコテージは中心の内側の方に入り口があり、反対側にテラスがある。室内の窓からは大草原が眺められ、野生の象等いろいろな動物を見ることができるので、双眼鏡が常備してある。天井が高く外観からは想像できない高級な調度品で飾られた室内。プールは、部屋タイプによって異なるが、スタンダードでは外に小さめのプール、グレードの高い部屋では、室内の窓脇に 5mくらいのプールが各部屋にある。視察を終え、ブローシャーをもらう。基本的に現在旅行会社には卸しておらず、ラックレートになる。最もグレードの高い部屋で1泊1000ドルとのことだった。モルディブの超一流リゾート並の値段だ。
エレファント・コリドールを出るころは19:30。辺りはもうかなり暗い。車で45分ほど走り、宿泊のハバラナ・ビレッジに到着。シギリヤ・ビレッジと同じく、全室コテージタイプのリゾートである。真っ暗になっているので、施設を見ることができないので、明日にする。部屋に入ると、シギリヤ・ビレッジよりもかなり質素。TV、バスタブがないが、苦にはならない。スリランカのホテルはどこでも室内に蚊取り線香かマットがある。ここは蚊取り線香。プールに面したレストランでブッフェの夕食。種類が多い。ここでもヨーロッパ人で一杯の中ただひとり肌が黄色い。ビールを頼むとLIONというスリランカブランドの瓶ビールが出てくる。パーリタさんがいうには、THREE COINSよりこっちの方が国内ではメジャーで、おいしいとのこと。薄くて飲みやすいビールである。瓶のラベルには定価45ルピーと書いている。 22:00食事を終える。売店でシギリヤ・ロックの絵葉書を25ルピーで買い、部屋に戻って家に葉書を書いた。宛名は、生まれて5ヶ月のこども達(双子)の名前にする。シャワーを浴びて24:00疲れたので眠る。